茶平一斎 遠山炉縁 chahira, issai distant mountain wooden frame
茶平一斎
「一斎」の号は、初代一斎が茶道宗家宗偏流家元より拝領してから当代である三代まで受け継がれる。茶の湯道具専門の漆器店として輪島の地に店を構えたのが昭和22年。漆器店としての歴史は70年ほどになる。
輪島に生まれ、塗師 板倉昌太郎に師事し、塗師としての修行を重ねた初代茶平一斎は、骨董や古道具を好み蒐集しては身近に置き、手に取り愛でていた。この趣味が高じ、年季が明けて一人前の塗師となると茶の湯道具専門の漆器店を開き、その後、昭和40年には宗偏流家元から業を認められ「一斎」の号を授かる。茶の湯道具に対する一斎の感性はその手で作り出す漆器を通して、茶道に通じた数寄者、文化人の方々に受け入れられるようになる。
初代の創業から約半世紀を経た平成4年、長男・良雄が一斎の号を襲名。初代一斎に師事した二代茶平一斎は、襲名後の平成5年、石州流茶道宗家十六代目・片桐貞光宗匠より石州流十職の塗師に指定される。二代目は真摯な努力で輪島塗の業を確かに継承する一方、漆器とその意匠のもつ広い可能性に常に想いを馳せながら創作に当たる。
新日本製鉄株式会社などと協力して俵屋宗達作「風神雷神図屏風」をモデルに漆塗りのチタン製屏風を制作、国際チタン会議に出品するなど、漆のもつ可能性を広げようと挑み続けた。それは次の世代に塗りの業だけではなく、漆の持つ美しさに新しい価値を与えて引き渡すための取り組みだった。
現在では三代一斎が、幾多の世代を超えて手から手へ継承されてきた伝統工芸、輪島塗の歴史の一端を担うべく、日々研鑽を積んでいる。